風になびく麦の穂のように

社会人一年生の岡野穂摘は、この梅雨、すっかり滅入っていた。学校の勉強ができても、社会で通用するのとは、また全然違うのだと痛感し、しかも初めての一人暮らしで、家に帰って話せる相手もおらず、軽いウツに入っていた
タブレットを取り出す七枝

七枝は、そのカバンからタブレットを取り出す。そして、遮光カーテンのサイトを開いた。そのサイトには、金色の麦の穂が風になびいている柄のカーテンがあった。
「あ!これや!」
穂摘は、その柄を食い入るように見つめる。
「すごいなー、ななちゃん、さすがに、すぐわかるんやなー」
七枝は、にっこり笑う。
「いや、なによりも、その祥子さんって人が、穂摘ちゃんのメールだと百獣の王みたいな人かなと、思って」
「そりゃそうよ、朝田先輩をモノにしちゃうんだから、たいしたハンターよ」
「でもね、その名刺の話を聞いて・・・」
七枝の話に耳を傾ける穂摘。
「まぁ、カバンの色とイメージで、金色のライオンのたて髪か、風になびく麦の穂が浮かんだんだけど、その名刺の話を聞いて、きっと麦の穂だろうな、と思ったの」
「動物じゃなくて、植物?」
「そういう捉え方もおもしろいね、でも、私は、その祥子さんって人、華やかなわりには、ライオンみたいに襲いかかって勝ちに行くタイプとは逆で、人の話にそっと耳を傾ける、まるで風になびく麦の穂のような人じゃないかって」
七枝の言葉に、穂摘は、感銘を受ける。
「・・・本当に強いのは、そういうタイプの人ってこと?」
七枝は静かにうなずく。
「だから朝田先輩も彼女に惹かれたんじゃないかな。しかも、私たちや祥子さんだって、まだ、20代そこそこ、上には上がいる。そんな中で、うまくやっていけるのは、そういう風に身を任せられる柔軟な人なんじゃないかな、って」
七枝の言葉に、穂摘は素直にうなずく。
「・・・そういう人になりたいね」

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2014年03月20日

社長のスパイ?

田川祥子は社長のスパイ?

飲み会が盛り上がって来た頃。田川祥子が、穂摘の方に近づいてきた。
「あなたが、朝田君の高校の後輩さんね。よろしく」
同じ会社なのに、祥子は、カバンから名刺を取り出すと、穂摘に渡した。そのカバンはゴージャスな金色なのになんだか素朴で、しかもどこかで見たことのある雰囲気がして、穂摘は首をかしげた。祥子の名刺には堂々と社長秘書の文字がある。が、その下に、『社長の前のワンクッションに』というフレーズがあり、穂摘は吹き出す。祥子は、ニッコリ笑う。
「そういうこと。社長スパイなら、社員スパイでもあるんだから、なんでも相談してね」
すっかり朝田の存在を忘れ、華やかで美しい田川祥子の言動ばかりを見つめていた飲み会になってしまった。最後になって、朝田に、ごめん、あんまり高校時代の記憶がないんだ、みたいなことを言われて、横で大爆笑している瀬川にムッとしたくらいだった。

ただ、田川祥子が持っていたカバンが気になった。家に帰ってしばらくしてお気に入りのカーテンを閉めながら、穂摘は、「あ!」と声を上げた。祥子のカバンは、七枝が持っていたカバンと同じカーテン生地だ。カバンらしからぬ感覚が間違いない。後日、穂摘は、七枝にあった。

七枝は、穂摘の高校の同級生で、現在、デザイナーをしている。彼女も朝田直道のファンだったので、穂摘の報告を聞いて、「そんなもんか~」と溜息をもらす。七枝は以前と同じ、イエローとブルーのカーテン生地を使って自分で作ったカバンを持っていた。このカバンがきっかけで、穂摘のワンルームの新居カーテンも入手できたのだ。
「別に調べるつもりはなかったんやけど、穂摘ちゃんのメールの詳細が気になって、サンプルの本持ってきてん」

タグ :カーテン

2014年03月18日

憧れの先輩

憧れの先輩

不安な気持ちいっぱいで、瀬川と向かった営業部の飲み会。そこで穂摘は、あらぬ光景を目の当たりにする。久しぶりに見る朝田は、ますます男らしく、輝いて見えた。が、その隣りに、モデルかと思うような美女がいる。穂摘は、はるみをつかまえて言った。
「朝田さんって、はるみの上司?」
「上司っていうか、先輩。あんたと瀬川さんみたいな関係。今のところ、直接仕事の関わりはなし、あまりしゃべったことないけど」
ありえない、と穂摘は憤慨する。なぜ自分は瀬川で、はるみは朝田先輩なのだ。
そんな穂摘をみて、「案外元気そうやん」と笑うはるみ。そして、穂摘にささやいた。
「矛先は私ちゃうで。あの、田川祥子や」

田川祥子は、社長秘書を務めていて、どの部署の飲み会にも招かれるほど人気者らしい。ある意味、社長スパイでもあるのだが、こんなきれいなスパイなら、どこの部署でも大歓迎だった。はるみの情報では、直道と祥子は同じK大出身で、直道が1回生のとき祥子が4回生だったらしい。そんな二人がこの会社で再会して、今では、社長公認のカップルだというのだ。道理で、高校の憧れの先輩の話をしても、誰も食いついてくれなかったわけだ。はるみさえも、今日まで朝田が来ることを知らず、その事実を穂摘に教えてくれていなかった。
「ごめんな、穂摘、事前に朝田さんが来るとわかってたら、私も社内の事情説明できたし、あんたも心の準備もできたのに」
穂摘は、がっくりと肩を落とした。
「どっちにしても、なんで今まで何も教えてくれなかったのよー」
「だって、あんたがそんなにマジで凹むほど、引っ張ってるとは思わへんかったし・・・」
はるみの言いわけは、瀬川の口調と似ていた。誰も、まじめに取り合ってくれてはいなかったのだ。
2014年03月15日

社会人一年生

社会人一年生

社会人一年生の岡野穂摘は、この梅雨、すっかり滅入っていた。学校の勉強ができても、社会で通用するのとは、また全然違うのだと痛感し、しかも初めての一人暮らしで、家に帰って話せる相手もおらず、軽いウツに入っていた。

そんな穂摘を気遣って、同期の八木はるみが、彼女の部署の飲み会に誘ってくれた。穂摘がいるのは神戸でかなり大きな商社で、沢山の部署がある。英文科を卒業した穂摘は輸入業務の仕事をしていたが、経済学部だったはるみは営業部にいる。

その話を聞きつけ、穂摘の直接の先輩である瀬川裕(ゆう)が、ニヤニヤする。
「今夜は、営業部と飲み会らしいな、岡野さん」
穂摘は驚いて瀬川を見つめる。
「なんで知ってはるんですか?」
「いや、実は、俺も行くからさ」
「えええ~!?」
せっかく違う部署でウサが晴らせると思っていた穂摘は、失敬にも不満の声を上げてしまう。が、瀬川はそんなことにめげるタイプではなかった。
「ふふふ、他の部署で言えることがなぜここで言えぬ?」
「そんなわけじゃないですけど・・・あ~ぁ」
あからさまにがっかりする穂摘の様子を、しかし瀬川は全く気にしない。他の社員たちは、いつもの穂摘と瀬川のやり取りを何気に聞き流しながら笑っている。
「そんながっかりな君に、とっておきの情報を教えてやろうか?」
「いりません」
「なんでやねん」
「飲み会行けばわかるようなことでしょ?」
瀬川は再び不敵な笑みを浮かべる。
「いや、岡野さん、ナメてもらっては困る! これはすごいネタやで。あの、朝田直道が、参加するんや!」

その名前を聞いて、穂摘は、カーッと赤くなる。その様子を見て、さすがに皆が笑った。
「瀬川、そんなに驚かしたりなや」
上司の声に、穂摘は、我に返る。
「お、驚いてなんて、いません!あ、朝田先輩、ですよね、たちばな高の」
それは、穂摘の高校の先輩で、あこがれの人だった、ということは、周知の事実だった。というのも、新人歓迎会のとき、酔っぱらった穂摘は自己紹介でちらっと話してしまったからだ。だが、誰も、それ以降、朝田直道のことに関しては、教えてくれなかった。
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